出ました!エマニュエル・トッドの最新刊!フランス語版が出た後、フランス語が読めない僕は英語版を待ち望んでいましたが、例によってスペイン語版、ドイツ語版など各国から出版されているのに英語版だけは出ない。(アメリカを批判してすっかり嫌われてしまったんだね。)
最近、彼が取り組んでいる西洋における「分断」の意味と、ウクライナ戦争の地政学的な意味、人類学的意味、民主主義の行方についての意見が知りたくてたまらなかった。
まだ、読み始めたばかりだけど、このブログを備忘録的な観点から書いているので読み進めながらでも構わないと思う。
エマニュエル・トッドが今回のウクライナ戦争の件で驚いたのは9つのポイントが挙げられている。
- ヨーロッパで戦争が起きた。もはやヨーロッパでは平和が確立したと思われていたが信じられなかった。
- 敵対していたのがアメリカと中国でなかった。この10年ほどアメリカは中国との戦いに共和党、民主党を問わず集中していたのに、実際にはウクライナを介してアメリカとロシアの戦いになっていた。
- ウクライナの軍事的抵抗。誰もがウクライナはすぐに制圧されると思っていた。これは二つの観点から驚きだ。
- 1968年の「プラハの春」のために127,900㎢のチェコスロバキアに50万人もの兵士を送ったロシアは今回、603,700㎢ものウクライナに対し10万から12万人しか兵を送り込まなかった。
- ウクライナはこの侵攻のはるか前からとうに破綻国家だった。1991年の独立以降、ウクライナは人口流出と出生率の低下により、1100万人もの人口を失っていた。オルガリヒに支配され、汚職のレベルは常軌を逸していた。この国は「安価な代理母出産の地」でもあった。
- 開戦当初からアメリカ製の観測・誘導システムを利用できたとはいえ、ウクライナの激しい抵抗は破綻国家ウクライナが「戦争そのものに生存理由と存在の正当性」を見出したことを示している。
- ロシアの経済面での抵抗力。国際決済システムSWIFTからのロシア銀行の排除にもかかわらず、ロシアは屈しなかった。しかし、実は2014年に課せられた経済制裁に対抗し、ロシアが情報と銀行の分野の自立に向けて準備をしていたことはダヴィド・トゥルトリの「ロシア:強国としての復活」ですでに指摘されていた。この本において西側が繰り返しロシアの硬直したスターリン的な姿と対照的に、技術的、経済的、社会的に極めて柔軟性に富む「近代的なロシア」の誕生が指摘されていた。
- ヨーロッパの主体的な意思の崩壊。この場合ヨーロッパとは第一にフランスとドイツのカップルのことである。
- ドイツは当初は難色を示していたにもかかわらず、エネルギー及び貿易上のパートナーのロシアから自らを切り離してしまった。さらにドイツは自国のエネルギー供給の一部を担っていた天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」の破壊を抵抗もせずに受け入れた。これはろしあだけでなく、ドイツに対するテロ行為である。これがノルウェーとアメリカによって行われたことがシーモア・ハーシュ(アメリカの独立調査ジャーナリスト)によって暴露された。
- ヨーロッパの主役がドイツ・フランス軸から「イギリス・ポーランド・ウクライナ」軸に取って代わられた。
- イギリスが反ロシア派として現れ、アメリカのネオコンすら手ぬるく見えるほど好戦的になった。
- この好戦主義は同じくプロテスタントの北欧に伝染し、フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟することで戦争への新たな関心を明らかにした。ただし、この好戦的姿勢はウクライナ侵攻よりも前から見られる動きだった。
- 圧倒的軍事大国アメリカがもはや自らの保護国ウクライナに対砲弾をはじめなにも確実の供給できない実態が白日の下にさらされた。これはロシア・ベラルーシのGDPの合計が西洋諸国(アメリカ・カナダ・ヨーロッパ・日本・韓国)のGDP合計のたった3.3%だという事実を考えると驚くべきことだ。
この3・3%のロシア・ベラルーシ連合のほうが西洋諸国よりも兵器を生産する能力があったという事実は政治経済学という学問のインチキとGDPという概念自体がもはや時代遅れであるという事実を示している。 - 西洋世界の思想的孤独と自らの孤立に対する無知。
- 西洋世界はロシアに対する怒りを世界と共有できると考えていた。ところが戦争の衝撃が落ち着き始めると世界はロシアのほうを支持し始めた。当初西洋世界は中国はロシアを支持しないと考えていた。しかし、中国はNATOを支持することはなかった。
- インドは世界最大の民主主義国であったが、関与を拒否した。西洋はインドの軍備の大部分がソ連製だからだろうと自らを納得させようとした。
- イランがロシアを支持した。西洋は悪の枢軸の国として扱ってきたから驚かなかったが、歴史的にはイランの敵はイギリスとロシアである。このロシアを選んだという急転換は極めて重大な地政学上の転換点である。
- トルコはNATO加盟国であるがロシアと密接な関係を築こうとしている。西洋世界は「独裁者動詞仲がいいものだ」と考えているがエルドアンが2023年5月に民主的に再選されて以来このような言い訳も通じなくなった。
- 今やイスラム諸国全体がロシア支持に傾いている。とくにサウジアラビアは石油の生産と価格を管理するために互いを協力国とみなしている。
- 西洋の敗北。戦争がまだ収束していないにもかかわらず、これは確実である。西洋はロシアに攻撃されて敗北するのではなく、自ら崩壊する過程にある。
ロシアが問題なのではない。国土が広すぎるにもかかわらず、人口は減少しており、ロシアが地球全体をコントロール下に置くなどは不可能であり、望んでもいない。ロシアのいかなる危機も世界の均衡を脅かすことはない。
本当の危機は西洋、とりわけアメリカの末期的危機こそ地球の均衡を危うくしている。その危機の最も外部の波が古典的で保守的な国民国家ロシアの抵抗の壁に突き当たったのだ。
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