プーチンのロシアは安定している。
トッドは西側諸国がプーチンはロシアを地獄に連れ込んでいると主張していることにロシアの現実を統計的に示し、反論している。
道徳的統計
19世紀の社会学者が「道徳的統計」と呼んだ人口指標はプーチン統治下のロシアが「地獄」と形容されるどころか、地獄から大幅に発展している現実を示している。
プーチン以前 | 2000年から2017年 | 2020年 | 2021年 | ||
ロシア | アルコール中毒による死亡率 | 25.6人/10万人 | 8.4人/10万人 | ||
自殺率 | 39.1人/10万人 | 13.8人/10万人 | 10.7人/10万人 | ||
殺人率 | 28.2人/10万人 | 6.2人/10万人 | 4.7人/10万人 | ||
乳児死亡率 | 19人/1000人(2000年データ) | 4.4人/1000人 | |||
アメリカ合衆国 | 乳児死亡率 | 5.4人/1000人 |
人口学からデータのインチキを発見する。
Transparency International(世界各国の汚職率をランキングする機関)は2021年アメリカを27位、ロシアを136位とした。
乳幼児死亡率が低い国(人間の最も弱い存在が守られている国)は汚職率も低い国だという相関関係は確認されている。
このTransparancy Internationalがアメリカ政府が間接的に関与する出先機関であることを考えるとおそらくロシアがアメリカよりも汚職率が高いというデータはインチキである。
このように人口はごまかしが利かないゆえに信頼のおけるデータなのである。
ロシアの経済復興
- 農業の躍進 ソビエト時代は農業は完全に失敗していた。2020年ロシアの農産物加工品の輸出は過去最高の300億ドル。農産物の純輸出国となった。天然ガス収入260億ドルを超えた。
- 世界第2位の武器輸出国
- 世界第1位の原発輸出国となった。2021年海外に35基の原子炉を建設中。(中国、インド、トルコ、ハンガリーが中心)
- インターネットの活用 ロシアが国家主義的でありながらリベラル、ナショナリズム的でありながら柔軟な政策をとってきた。ロシア版のインターネット規制はヨーロッパと中国の中間である。
ヨーロッパと同様、YouTubeなどアメリカの巨大ネット企業の存在を許している。一方でロシア国内に限れば、これらに対抗できるだけのロシア版ネット企業が全てのネット関連分野に存在している。
ヨーロッパにはヨーロッパ域内においてアメリカのネット企業に対抗できる企業は存在せずアメリカに従属している。 - 経済制裁を予見し、国内で準備をする。 2014年にクリミア併合に関してミンスク合意を結んだ。これは実は西側としてはウクライナに軍備の猶予を与えるつもりだった。一方でロシアも予想される西側の経済制裁に準備を整える時間が欲しかった。
2014年ただちにSWIFTからの追放の時に備え、ロシア中央銀行はSPFS(金融メッセージ転送システム)を立ち上げた。
2015年国家決済カードシステム(NSPK)が設立された。(ロシアの銀行が発行したカードの古構内利用を保証するため)
同時にロシア中央銀行はカード決済システム(Mirミール)を構築
経済制裁をバネに保護主義を強化
自由貿易をとると安い労働力を求めて企業が工場などを海外に移転させ、結果として国内の職場が消えていくことになる。保護主義的にすれば国内の産業を守ることができることは明らかである。
しかし、プーチン政権下ではもともと完全な保護主義はとらなかった。エアバス、自動車の輸入を受け入れ、自国産業が犠牲になることも厭わなかった。それでも部分的な保護主義により、かろうじてロシアの産業労働人口を比較的高い割合で保ち続けた。
1998年から1999年にかけての大幅なルーブル安が工業と農業の主要な保護主義的処置として機能した。輸入品に頼れなくなったロシア産業界は自国内で物資を調達した。この状況は以下のように継続して続く。
- 2000年から2007年にかけて実質為替レートはマイナス25%を維持し、保護主義的処置として機能。
- 2014年から2020年にかけて再びルーブル下落。
2022年の経済制裁は、自由主義経済を主張していたオルガリヒを含め、「保護主義」に舵を切ることを納得させた。この保護主義をてこにロシア経済は活況を呈するようになる。
西側による経済制裁は「ロシアへの贈り物」となってしまった。
ロシアは権威主義的民主主義だ。スターリン時代とは明らかに違う。
ロシアにおいて権威主義と民主主義は同等の価値がある。各種世論調査によれば戦時も平時もプーチン政権に対するゆるぎない支持がある。
「権威主義的」というのはマイノリティーの権利の尊重を満たさず、報道の自由や市民社会の様々な集団の自由に対する制限という点で全会一致主義的な側面が明らかである。
しかし、以下に述べるようにソ連型の権威主義とは完全に断絶している。
- 市場経済に対する強い執着
- 大衆の政権支持基盤の強化を常に追求している。 これは西洋諸国が「大衆」をポピュリズムしか生み出さない僧として基本的に軽蔑する傾向と大きく違うところである。一方でプーチン政権は上層部のエリート層を屈服させるのにためらいはない。
- 「移動の自由」つまり出国の自由に対するプーチンの揺るぎない執着。これは政権が自らにかなり自信を持っているか、あるいは自信を持とうという賭けに出ているかである。
- 「反ユダヤ主義の不在」 伝統的にロシアの政治指導者たちは困難に直面した時、一時しのぎの手段として反ユダヤ主義を利用してきた。しかし、現在ユダヤ人迫害がロシアで行われているという報道はない。
ロシアの底力 エンジニアは米国よりもロシアのほうが多い。
ウクライナ侵攻の前夜、ロシアとベラルーシのGDPは西側先進国全体のたった3.3%だった。いかにしてこの3.3%の陣営が耐え続け、しかも敵側より多くの兵器を生産できたのか?
開戦当時、ロシアのミサイルはすぐにそこが尽きると報道されていた。軍事ドローンはロシア軍自身が不足を認めていた。
しかし、GDPだけでは示すことができないロシアの力を人口から読み解くことができる。
高学歴人口においてロシアのほうがエンジニアリングを専攻する学生の比率が高いのである。
国 | 人口 | 20歳から34歳人口 | エンジニアリングを専攻する学生の比率 | エンジニア人口(高学歴層が40%と仮定して) |
アメリカ | 3億3000万人 | 4680万人 | 7.2% | 135万人 |
ロシア | 1億4600万人 | 2150万人 | 23.4% | 200万人 |
日本 | 1億2600万人 | 18.5% | ||
ドイツ | 8300万人 | 24.2% |
上記の計算はかなり不完全なものである。20歳から34歳人口の40%が高学歴層と仮定している。また、アメリカにおいてはエンジニアをインドや中国から輸入している。したがって大まかな国の傾向を見るという目線から上記の表を見る必要がある。
日本とほとんど変わらない人口のロシアとアメリカの違いはダビデとゴリアテを想起させる。しかし、世界の産業に対する貢献では有名な日本、ドイツと比べてもロシアにおいてエンジニアを専攻する学生の比率の大きさが際立っている。
この少年ダビデが巨人ゴリアテに立ち向かえたのはこのロシアのとびぬけたエンジニア達の力を無視できない。
中流階級と人類学的現実
1840年から1980年にかけて書かれた社会学や政治学の文献は労働者階級が関心の中心であった。それは社会の安定性は労働者階級の動向こそがカギとなるととらえられていたためだ。
しかし、グローバル化した今日の世界では、労働者階級の主要な仕事は発展途上国に移転され、社会学者や政治家が関心を向けたのは中流階級となった。この中流階級の動向が社会の安定や発展を決定するのである。
- ソ連共産主義の崩壊
ソ連の共産主義は大衆識字化の最初の段階だった。
「男性識字率が50%を超えること」がイデオロギーを生む第1段階である。
イギリス・アメリカは17世紀から18世紀の識字率の達成から自由主義を生み出した。
フランスは18世紀以降に平等主義自由主義を生んだ。
ドイツは19世紀から20世紀にかけて社会民主主義とナチズムを生んだ。
ロシアは共産主義を生み出した。
「各世代の20%から25%が高等教育を受ける」が第2段階になる。
高等教育を受けた新たな階層はもはや書かれた言葉をそのまま受け取らなくなっていく。神の言葉、ヒトラーの呪文、共産党、諸政党の指令を超越的なものとは考えない。
ロシアは1985年から1990年にかけてこの第2段階に達した。(アメリカは1965年ごろ)
こうした教育による社会の階層化が共産主義を崩壊させた。
プーチン政権はこの共産主義崩壊をもたらした教育による分断の後に生まれた政権である。
たしかに反プーチン政党が最も強いのは、最も教育水準の高い人口が集中する大都市の、最も裕福な地区である。
ロシアは大衆に依存して中流階級を疎外する。
西洋は上層の中流階級と中層の中流階級が連携し、大衆を疎外する。
しかも、ロシアの中流階級は西洋の中流階級とは違う。ロシアの中流階級はロシアの他の階級より多少リベラルだとしても権威を認める傾向に変わりはない。
市場経済を採用したとしても、ポスト共産主義のロシアが、共同体的な特徴を維持するのは、共同体的家族構造を取る社会において明らかなことだった。
他に比べて「強い国家」が存在することがその一つの特徴で社会の様々な階級と国家の関係性が西洋とは異なることがもう一つの特徴であることも明らかである。
程度の差こそあれ、社会のあらゆる階級がある種の「権威主義」と「社会的均質性への欲求」を受け入れるということだ。
ロシア社会の不平等は進展するが、政権に対する全面的に賛同する。
ロシアにも教育の分化による分断は進行している。この教育の分断こそが共産主義を崩壊させたのだった。世界不平等データベース(World Inequality Database)によると2021年税控除前の所得ピラミッド上位1位%が所得全体の24%を占めている。アメリカは19%。フランスでは9%。
しかし、ロシアは2003年10月のミハイル.ホドルコフスキー石油会社ユコスの元社長を逮捕し、オルガリヒと国家のどちらが上なのかをはっきりさせた。アメリカの少数の富裕層がアメリカの政治システムに大規模に介入できるのとは対照的である。
ロシアの人口減少:戦うなら今しかない。
国連予測によると2021年ロシア人口は14600万人だが2050年には1億2600万人となる。戦争に特に徴兵される可能性のある年齢の人口は以下のとおりである。
35才から39才男性人口 | 600万人 |
30歳から34歳男性人口 | 630万人 |
25歳から29歳男性人口 | 460万人 |
20歳から24歳男性人口 | 360万人 |
実に40%も減少しているのである。
つまりウクライナを倒した後、ロシアが他国を侵略するというのは全くのプロパガンダ以外の何物でもないということだ。
あらたな領土を求めて征服するなどもってのほかであり、現在の領土を維持するのに四苦八苦する様子が予想される。
プーチンをはじめ、繰り返しロシアの高官が人口問題を口にしていることはこの問題の重要性を認識しているからに他ならない。
スターリンとプーチンを同列に並べることが西側では一般的だが、スターリンの時代には人口拡大期だったため、第2次大戦中に数百万人規模の犠牲をすることができた。
これがロシアがウクライナに12万人しか兵士を送らなかった理由である。ロシアは人員を節約するために、チェチェン連帯と民間軍事会社ワグネルを活用し、戦争動員は部分的、かつ段階的に実施したのもこのためであった。
ロシアの優先事項は最大限の領土を征服することではなく、犠牲者を最小限に抑えることなのである。
もはやロシアは2023年時点で8億8700万人にも上るNATOには太刀打ちできないことを知っている。
ゆえに新「軍事ドクトリン」では人員不足を考慮し、専制的戦術核攻撃を認めた。
西洋諸国はこの警告を真剣に受け止めるべきである。
ロシアの「公約」は信ぴょう性が高い。アサド政権を擁護すると公約していたが、後にこの人物が期待を裏切る虐殺者であることが判明した。しかし、ロシアはひるむことなく2015年にシリアに軍隊を派遣した。
ロシアが核先制攻撃をドクトリン化したのなら、この公約をロシアは本気で実行する用意があるととらえるべきである。
ロシアの戦争継続可能期間は5年間
2022年2月にロシアがNATOに挑戦状をたたきつけたのはミンスク合意以降、いよいよ準備が整ったからだ。極超音速ミサイルを保有し、アメリカを含め、世界に対し明白な軍事的優位を確保している。
アメリカもプーチンと同じくロシアの人口減少を認識している。一方でアメリカの人口は増加しつつある。だからアメリカは自信を持っていた。
しかし、ロシアの視点から見ると「手遅れになる前に、行動するなら今しかない」ということになる。
紛争は人口減少のペースからすると5年以内に終わらせなければならない。これ以降は動員は軍民共にむつかしくなる。
ロシアはこの5年以内に決定的な勝利を収める必要から交渉、休戦、紛争の凍結など相手に時間を与えず、猛攻撃をかけるだろう。
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