西洋の敗北 第9章 ガス抜きをして米国経済の虚飾を正す

日本ではNISAが始まり、米国に長期投資をする人が増えた。「長期で分散すれば必ずもうかる」という言葉を信じてこれほど米国の経済が過熱しているときにほぼ全財産をつぎ込んでいる人が多い。しかし、米国の未来は暗く、さらに発展する可能性は全く無いと具体的なデータを示しながらエマニュエル・トッドは指摘している。

アメリカの場合、衰退を予測することは簡単すぎる。問題は衰退プロセスを逆回転し、アメリカがかつての地位を取り戻すことが可能かどうかを見極めることこそ重要なのである。

その国の実力をどのようにして知るのか?

  • 工業生産
  • 総合的な生産
  • 工作機械生産
  • 他国との財の貿易
  • 生産者

ウクライナ戦争に関してロシアのGDPは2022年アメリカの8.8%(ベラルーシを含めると西側陣営のGDPの3.3%)しかないのである。そのロシアが西側諸国を敵に回し勝ち進んでいる。これはそもそもGDPという概念が虚飾であり、まったく機能しない概念であることを物語っている。

米国のRDP(国内実質生産)

トッドはここで独自の概念を提唱する。RDP(国内実質生産)である。これはGDPには効率性、有用性について疑問を抱かずにはいられない「対人サービス」が含まれているがそれを消し去った実質的な経済を見ようとする概念である。

対人サービスには医者(中毒性と至死性が明らかなのに処方するような殺人をする場合もある)、法外な高給取りの弁護士、略奪的な金融業者、刑務所の守衛、インテリジェンス関係者などが含まれる。

アメリカのGDPのうち医療費は18.8%を占めているが先進国で唯一アメリカのみは平均寿命が低下している。これは医療の支出の真の価値が過大評価されているからである。実際の価値はこの40%ていどである。したがって医療支出に0.4の係数をかける。

2022年のアメリカのGDPは76000ドルである。このうち「物質的」な工業、建設業、交通、炭鉱、農業は20%である。これを「真の生産」としてそのままにする。

残りの60800ドルはサービス(医療を含む)である。こうしたサービスは0.4の上記の係数をかける。すると60800ドル×0.4=24320ドルとなる。

したがって米国の一人当たりのRDPは24320ドル+15200ドル=39520ドルである。

これは西ヨーロッパの一人当たりのGDPを若干下回る(ドイツは48000ドル、フランスは41000ドル)。

こうして算出した国民一人当たりの豊かさの順位は乳児死亡いつの順位と見事に一致する。ドイツが1位で、アメリカは最下位である。

輸入品への依存 他国との財の貿易赤字

RDPは大まかな概算をするだけなので、貿易赤字の虚飾(GDPに占める財の貿易赤字の割合がそもそもGDP自体のいい加減さを考慮すると明らかである。)を取り去るには貿易赤字の規模そのものを検討すればいい。

アメリカの貿易赤字は2000年から2022年にかけて173%も膨らんでおり、物価指数を加味しても60%増である。

オバマ政権下で始まった保護主義への公的転換は以降、トランプ、バイデン両政権でも維持されている。にもかかわらず貿易赤字の拡大が続いていることこそアメリカの衰退の回復不可能性を理解するカギとなる。

根本原因はプロテスタンティズムの崩壊とそれに伴う教育と市民道徳の凋落である。

アメリカがウクライナ戦争で勝てない理由

経済のポテンシャルを深い部分から評価するには「生産」からさらにさかのぼり「生産者」に至らなければならない。なぜなら経済とは「育成されて能力を身に着けた男女の集合体」のことだからだ。

ウクライナが必要とする砲弾を生産をできないでいるのは、アメリカが生産を担っていた人間を追い出してしまったためである。

『フォーリン・アフェアーズ』のHow America Broke its War Machineによれば1980年代には320万人いた防衛産業の雇用者は今日では110万人しかいない。実に1/3である。

ロシアの2倍の人口をかかるアメリカのエンジニアはロシアよりもおそらく33%も少ない。

優秀な大学生たちが選ぶ学科、ひいては職業の種類の変化を見ると科学と技術の分野の人員は早々に枯渇してしまったようである。

現在、アメリカの学生のうち、エンジニアリングを専攻する学生はわずか7.2%。流出先は法学部、金融学部、ビジネススクールなど、高収入を得られる可能性のある分野だ。

すなわち、高等教育を受けた人々の高額の収入は弁護士、銀行家など何かを作るのではなく、したがって経済に全く寄与しないものによって成り立っている。経済に寄与しないにもかかわらず高額な収入が可能な理由は何か?実質的に生産している人々に寄生し、収奪しているからである。

輸入労働者への依存

1840年から1910年にかけてドイツ、スカンジナビア諸国から大量の委員が流入した。多くは教育を受け、直系家族に特有のダイナミズムを体現した彼らは急速なアメリカ工業の発展につながった。しかしこの時代、請け入れ側のWASP自身も高技能労働者、技術者、エンジニアを生み出していた。

しかし今日、WASPだけでなく、アメリカ白人全体の教育崩壊を埋め合わせる形で移民が流入している。

2001年から2020年で米国で博士号を取得した上位10か国のうち全体に占める工学系の割合

国名全体に占める工学系の割合すべての分野科学系と工学系工学系
イラン66%7338 69494834
インド39%365653424114397
中国35%885128180330599
トルコ35%888773723104
タイ33%516644941701
韓国31%25994197818023
台湾27%1264897653418
メキシコ22%40893451912
日本12%41213100479
カナダ12%902763991060

まず気が付くのはアメリカの大学で博士号を取得する中国、インドの多さである。

次に気付くのはエンジニアになる外国人の割合の高さである。これは出身国の技術と産業への関心度を示す重要な情報である。

イランの66%という数字はウクライナ戦争においてイランがロシアに軍事用ドローンの油種tに貢献している理由を理解させる。

地政学的には兵器の生産量よりもエンジニアの数を見るほうが真実に近づける。近代的な軍隊はその技術力にかかっている。空軍、海軍の技術部門では将校の大半はエンジニアである。

アメリカがエンジニアを大規模に養成できなくなっているとすると、アメリカ軍の真の実力はどれほどのものなのか?と疑問が湧いてくる。

敵にいくら支払い命令や口座凍結をしたところで戦争には勝てない。

ロシア銀行の資産凍結、ロシアのオリガルヒの財産の差し押さえ、ロシア産原油を運ぶ船舶に対する保険の拒否。アメリカを先導しているのは弁護士のメンタリティなのである。だからウクライナでは砲弾が不足しているのだ。

アメリカ衰退の原因は他にもある。基軸通貨ドル

アメリカのジニ係数は上昇し続けている。

1993年0.454

2006年0.470

2021年0.494

なぜ、アメリカの海軍は立ち直れないのか?なぜ経済格差と貿易赤字を縮小させられないのか?なぜ学生たちをエンジニアリングと科学の道へと向かわせないのか?

一つには宗教的基盤が崩壊したことである。

二つ目はアメリカが基軸通貨を持っているということである。

オランダ病といわれる現象がある。ある国の天然資源の豊かさとその輸出は、その国の通貨価値を高めると同時に経済の他の分野の発展を妨げる力にもなってしまうというものである。

世界通貨を最小限、あるいはゼロコストで生産できるため、信用創造以外の全ての経済活動は割に合わないのである。

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